コンポのこと
私が使っているステレオは、PIONEER製のPrivateというミニコンポである。
確か中学入学の記念に買ってもらったものなので、かれこれ二十七年ほど使い続けていることになる。
二十七年。
改めて考えると、凄まじく長い。
どれほど長いかと言えば、その年に生まれたひとが、二十七歳になるほどの年月なのである。当たり前である。
それだけの時間、よくぞ故障もせず持ちこたえてくれていると感心する。
ミニコンポとは、当時流行った、一体型のオーディオ機器の総称である。
私の使っているのも、ターンテーブルからラジオチューナー、ダブルカセットデッキにCDプレーヤーと、当時主流だった媒体を何でも再生できる。
ずっと、故障したら買い換えようと思っているのだが、こいつがなかなか故障しない。
いや、本当は故障しているのかも知れないが、CDプレーヤーしか使わないので、他が故障していても気が付かないのである。
今、試しにカセットデッキの再生ボタンを押してみたが、動かない。
これが、中にカセットテープが入っていないから動かないのか、それとも、再生機能が故障しているせいなのか、それを確かめる術は今の私にはない。
このコンポで出色なのは、やはりカセットデッキであろう。ダブルデッキでオートリバース、ドルビーサウンド機能、レコード、CD、ラジオの同時録音機能、倍速ダビング機能と、当時の最先端の機能が目白押しである。
ただ、残念なことに、現在私の手元にはカセットテープがない。レコードもないし、さらに置き場所が悪いのか、ラジオもまったく受信しない。
なので、使っているのはもっぱらCDプレーヤーの機能だけである。
よく見ると、DATの接続端子というものも付いている。
DAT。懐かしい。
DATとは、何かよく分からないが、デジタル変換できるカセットテープとやらで、音がすげーきれーと一部で評判だった。妙に高価で手が出ず、大人になったら絶対買ってやる、と意気込んでいたのだが、いつの間にか完全に忘れてしまっていた。
スピーカーもやたらでかい。最近見なくなった3Wayのスピーカーで、低音がやけにぼふぼふ響く。今のフルレンジスピーカーならもっといい音がするんだろうかとも思うが、この低音のぼふぼふ感は、実はけっこう気に入っている。本体は買い換えても、スピーカーは使い続けようかと思うほどである。
しかし、返す返すも、このコンポとの付き合いは長い。何度も買い換えるチャンスはあったはずなのだが、それをことごとく乗り越えて、今もでんと側に居座っているのだ。これはもう、腐れ縁というべきものなのかも知れない。幼馴染みで同級生で、いつも一緒に遊んでいて気が付いたら付き合っていた、という近所の女の子のようである。そんな女の子は、私には影も形もないが。コンポがそういう女の子の代わりというのも暗い青春に間違いないし、事実私の青春は暗かったが。畜生。海に向かって走ってやる。途中で倒れて救急車の世話になるのに間違いないが。
と、ここからが本題。前置きが長い。
そんな、長いあいだ故障もせず動き続けてくれているコンポなのだが、実はその本体ではなくリモコンの方が、もうずいぶん前から調子が悪かった。
よりによって、CDの再生と、一時停止のボタンが効かなくなっていたのである。
私はそれを知りつつ、使えないなら使えないで別にいいか、とずっとやり過ごしてきた。
実際、本体まで何十歩も歩かなければならないほど広い部屋に住んでいるわけではないし、(手を伸ばせば届くところにある)どのみち、CDの出し入れやイコライザの調整で本体に何度も向かうわけで、リモコンなんてなくても支障がなかったのである。
ところが最近、耳コピを始めようという気になって、事情が変わった。
耳コピにはやはり、こまめなストップ&ゴーの作業が必要であり、にわかにリモコンの重要性が増してきたのである。
そこで私は、長年見過ごしてきたリモコンの接触不良を、直してみようと思い立った。
ネットで検索してみると、リモコンの手入れや修理などのサイトがいくつも出てきた。
それらを参考にしながら、マイナスドライバーでフタをこじ開け、リモコンを解体する。
ゴム板と基盤が露わになる。
ゴム板には長年蓄積されたホコリがこびりついており、見るに耐えない。
基盤の方も、よく見ると、ちょうどCDプレーヤーのボタンのところに、何かねばねばしたものが引っ付いている。おそらく、昔、ジュースか何かをこぼしたのだろう。それがそのままになっていたのだ。
フタとゴム板を洗い、基盤のねばねばを丁寧に拭き取って、基盤に当たる電導ゴムのところに、小さく千切ったアルミホイルを敷いて、元の状態に戻す。
そして試してみると、今までまったく反応しなかった再生と一時停止のボタンが、するする反応するようになった。
――う、嬉しい。
自分でも不思議なほどの感慨がこみ上げてきた。
用もないのに、何度も再生と一時停止を押しては、んふー、と悦に入る。
リモコンのフタをこじ開けるときに、ちょっと穴が空いてしまったりして外観が悪くなったのだが、そんなことも気にならないほどの喜びが湧き上がってくるのである。
これが愛着というものであろうか。
こういうことが積み重なり、ますます買い換えられなくなるのだろう。
まるで、別れよう別れようと思っているのに、結局「お前といると一番落ち着くな」と言ってしまうダメな男の典型である。まあ、そんな女性は私にはいないのだが。
ともあれ、私のミニコンポ、何ともかわいいやつである。