べっちょない日々

作家の末席を汚しつつ、しぶとく居座る浅田靖丸のブログ

DIY達人への道

 そもそも、私は今年、大殺界なのだそうである。
 そのせいかどうかは分からないが、今年になって身の回りのものがよく壊れ始めた。
 最初は浄水器だった。浄水器から水を出すためのコックの取っ手を、ベキッとやってしまったのである。
 幸い取っ手はふたつ付いており、そのうちのひとつを壊しただけだったので、無理をすればまだ使えるだろうという状態ではあった。
 しかしそのままにしておいてもうひとつのほうまでベキッとやってしまっては手遅れである。最悪の場合、水が漏れて止まらないという事態にまでなってしまうかも知れない。
 そこで私は、コックの交換をすることにした。調べてみると、壊れた部品は販売されており、交換の手順もサイトに詳しく書いてあった。
 さっそく私はその部品を注文した。だが、私にはひとつの重大な懸念があった。
 そうした工作に関して、私はすこぶる鈍臭いのである。
 はーい、お前が鈍臭いのは工作に関してだけじゃないだろとツッコんだそこの君、分かってるよー。怒らないから名乗り出なさーい。
 とまれ、かつてまだ私がハツラツとした若やかな中学生だったころ、技術家庭という授業科目があった。
 すまん、嘘を吐いた。私の中学時代は、ハツラツとも若やかともしていなかった、どちらかと言えば、どよんとしてじめじめしていた。申し訳ない。
 男子は工具を持っていろいろなものを製作し、女子は調理室で料理を学ぶという授業である。
 その授業で私は、座れそうで座れない椅子や、鳴りそうで鳴らないラジオ、なにか置けそうで何も置けそうにない飾り棚など、数々の問題作を生み出し、教師や同輩から心配されたという経験の持ち主なのである。
 そんな私に、浄水器のコックを交換するなどという難易度の高い作業が果たしてできるのだろうか。
 私の不安をよそに、注文した部品は届く。日本の宅配業は優秀である。仕方なく作業を始める。
 まずは屋外にある水道の元栓を閉めにいく。水道の元栓の場所を知ったのはこのときである。我ながらいい加減なものだと呆れるが、水道の元栓の場所なぞ、いままで本当に意識してこなかったのだから仕方ない。
 重い鉄のふたを開けると、中にダンゴムシやナメクジがワサッといてギャッとなる。それでもなんとか元栓を閉め、台所に戻ってコックの取っ手を取り替える。慎重に、説明書の通りにやったところ、なんとか無事に交換することができた。
 元栓を開け、試しに浄水器から水を出してみる。なーんか水の出が悪い。しかし、それではとやり直してにっちもさっちも行かなくなる危険性を私は知っている。なのでそれ以上は触らないことにする。
 無事交換できたからそれで良しとせねばならぬのである。
 ということで、いま現在も、なーんか出が悪い、と思いながら使っている。

 ふたつ目、それから二週間も経っていないころだろうか、今度は浴槽の蛇口が壊れた。いつものように風呂に湯を張ろうと蛇口のハンドルを何気なく回したところ、そのハンドルがカラカラと空回りしてしまったのである。
 幸い、湯が出る前に空回ったので出しっぱなしになることは避けられたが、これは困った。
 家の風呂は水と湯の蛇口が分かれているタイプで、壊れたのは湯を出すほうだけだったため、浴槽に水を張って追い炊きで湯にするという方法がないわけではないが、しかしそれは迂遠に過ぎる。
 時間がかかるし、ガス代もかかろう。ということで、とにかく直してみようということになる。調べてみると、ハンドルが空回りする原因はいくつかあるらしい。症状が重たい場合は蛇口本体をすべて取り替える必要があるという。
 そんなことになっていないことを祈りつつ、とりあえずハンドルだけでも交換してみようと、近くのホームセンターへ行き、ハンドルを購入する。
 風呂はその夜も使うため、スピード勝負である。ハンドルを交換して治らなければ業者を呼ばねばならない。
 家に戻り、水道の元栓をまた閉めに行き、ダンゴムシやナメクジにギャッとなりながら元栓を閉め、風呂場に行ってハンドルを交換する。そして元栓を開け、交換したハンドルを回してみる。
 勢いよく湯が出た。
 どうやらハンドルのネジ穴が潰れてしまっていただけのようだった。
 無事直せたことに安堵したが、よくみると、交換した湯のほうのハンドルと、水のほうのハンドルの形状がまったく違う。ふたつは並んで設置されているため、形が違うとはなはだ不格好である。
 これは水のほうのハンドルも変えたほうがいいんじゃないか? とも思ったが、余計なことをしてにっちもさっちも行かなくなる危険性を私は知っている。
 そのためいま現在も、なーんか不格好だな、と風呂に入るたびに思いながら使っている。

 さらに三つ目、玄関の網戸である。風通しを良くするため、季節のいい時期は玄関を開けっぱなしにしておくのが我が家の慣例であり、そのため玄関には網戸が備え付けられている。
 ワンタッチで開閉ができる蛇腹式の網戸である。その網戸が去年壊れた。壊れたのがちょうど秋口だったため、まあ今年はこれでいいか、といい加減な気持ちで放置していたのだが、今年も春を迎え、夏がくる前になって、どうしても新しくしなければならない必要に駆られたのである。
 壊れた蛇腹式の網戸をなんとか修繕してみようと試みるが、仕組みが複雑で直せそうにない。しかも、よく見ると網も劣化してところどころが破け、びろびろになっている。
 これはもう新しく買い替えるしかないなと思い調べてみると、蛇腹式の網戸はけっこう高価だった。しかも、取り付けもかなり難しそうである。
 どうするべきか、直近の二度に亘る成功に気をよくしていた私は、それほど悩まなかった。成功かどうか微妙ではないかと思われるむきもあろうが、私にとっては紛れもなく成功であった。偉業であった。私は成し遂げた者だったのだ。
 もっと安価で使いやすそうなものと交換してやる、私はそう決心した。
 そして私は、星の数ほどあまたある玄関用網戸(そんなにはない)の製品の中から、これぞというものを選び、購入した。
 私が選んだのは、ロール式の網戸だった。
 網戸の中心にバネ仕掛けで動くロールが仕込まれており、開閉部の引っ掛かりを外すと、網がキュルキュルとロールに巻かれて網戸が開くというタイプのものである。
 その設置作業が大変だった。
 まず、古い蛇腹式の網戸を外さなければならないが、これがかなりの手間だった。設置の際、専門の業者に頼んでいたこともあり、やけに頑丈に備え付けられていたのである。
 なんとかその蛇腹式網戸をひっべ返し、新しくロール式の網戸を組み立てていく。その際、最後まで触っちゃダメよと書いてあるロール部分を触ってしまい、一気にバネがゆるんで網の巻き取りできなくなったりしたが(ギュルンとすごい音がした)、それをどうにか直しつつ無事新しい網戸を設置することができた。
 もう得意の絶頂である。俺ってすごくね? すごいべ? すごかろ? という何弁か分からない言葉で勝ち誇ってしまうほどであった。
 しかし、設置してから発覚した問題点がふたつあった。
 ひとつは、網戸を閉めたまま玄関のドアも閉めると、網に玄関のノブが当たってしまうという現象が起きたのである。
 しかしよくよく考えてみれば、玄関のドアを閉めるときは網戸は常に開いているのであり、どちらともを閉じるという状況設定自体に無理があるため、さしたる問題ではないことが判明した。
「これがこうなるときこっちはこうでしょ? こっちがこうなるときこっちはこうなることはないから大丈夫」というプロの文筆家の面目躍如たる詳細にして正鵠を射る説明で、家人も納得してくれたようだった。
 問題はもうひとつのほうである。開閉部の引っ掛かりに、何故か日によって強いときと弱いときがあるのである。
 引っ掛かりが弱いときはちょっと触れただけでバーンと網戸が開くし、強いときは引っ掛かりを外すのにかなりの力を要したりする。
 なにがどうなって弱くなったり強くなったりするのか、さっぱり分からない。
 なにかそういう魔法でもかかっているのではないかとも思うが、それならだれがそんな魔法をかけたのかという話になり、問題は複雑化するばかりなので、そちらの方向は考えないことにする。
 とまれ、そんなわけで、いま現在も、なーんか使い勝手がイマイチ、と思いながら玄関を出入りしているのである。
 DIYの達人への道のりは、まだまだ長く険しいようである。