べっちょない日々

作家の末席を汚しつつ、しぶとく居座る浅田靖丸のブログ

「ダークナイト ライジング」&「アメイジング・スパイダーマン」


ダークナイト ライジング」
 監督クリストファー・ノーラン 出演クリスチャン・ベール マイケル・ケイン ゲイリー・オールドマン など

 あらすじ
 バットマン――ブルース・ウェイン(クリスチャン・ベイル)がハービー・デント検事殺害の罪を着せられ、ゴッサムシティから姿を消して8年の月日が流れた。
 そのブルースが久しぶりに街に帰ってきた直後、新たな脅威が現れた。
 ベインと名乗る人物が、ブルースが密かに開発していた核融合ユニットを強奪、それを盾に街の封鎖と自治を宣言し、ゴッサムシティの事実上の統治者となったのである。
 ベインの恐怖政治のもと、街はみるみる荒廃していく。
 周囲の反対を押し切り、再びバットマンとなったブルースは、ベインと対決するも敗北、ベインが幼少時代を過ごしたという牢獄に監禁される。
 その頃、ベインの支配に反発して、地下活動を行っていたゴードン警部(ゲイリー・オールドマン)らは、ベインの真意が街の統治ではなく、核融合ユニットを爆発させて世界を壊滅させることであると掴む。
 果たして、バットマンはベインの謀略を阻止できるのか。


アメイジングスパイダーマン
 監督マーク・ウェブ 出演アンドリュー・ガーフィールド エマ・ストーン リス・エヴァンス など

 あらすじ
 両親が失踪して以来、伯父夫婦に育てられてきたピーター・パーカー(アンドリュー・ガーフィールド)は、ある日、父の残した鞄を発見し、父がカート博士(リス・エヴァンス)なる人物と共同で異種交配の研究をしていたことを知る。
 隻腕の研究者であるカート博士は現在、オズコープ社で遺伝子の研究をしていた。
 オズコープ社の見学ツアーに紛れ込んだピーターは、そこで密かに思いを寄せていた同級生、グウェン・ステイシー(エマ・ストーン)と出会う。
 見学ツアー中、こっそりと輪を抜け出して勝手に研究所内を捜索していたピーターは、遺伝子操作されたクモのいるブースに侵入し、そこでクモに噛まれる。
 それからピーターの身に数々の異変が起こり、彼は自分がクモの特性を身に付けてしまったことを知る。
 両親の失踪の原因を知ろうと、ピーターは父の論文で得た知識を武器にカート博士に取り入る。
 父の論文の成果か、トカゲの再生能力をネズミに移植する薬を精製することに成功する。
 かねてよりオズコープ社から研究の成果を出せと急かされていたカート博士は、思いあまってその薬を自分に打ち、失った腕を取り戻そうとする。 
 腕が生え、実験は成功したかに思えた。しかしそれは、人間とトカゲを融合させた、不気味な怪物を生み出す結果になった。
 責任を感じたピーターは、スパイダーマンとして、怪物となったカート博士を止めることを決意する。

 感想

 ということで、アメコミヒーロー物を二本、立て続けに観てしまった。
 どちらも以前から追い続けている作品だし、決して嫌いなわけではないのだが、短い期間で重ねて観ると、少々胸焼けがする。というか疲れる。

 先に見たのは、バットマンである。
 前作の「ダークナイト」が名作だったので、それを超える作品となるとかなりハードルが高くなるが、どうなんだろうか、という不安がまずあった。
 テーマ自体も、その前作に引きずられてか、ずっしりと重い。
 前作が、「ヒーローとは、正義とは何ぞや?」という問いかけであったとするならば、今作は「ゴッサムシティの市民は――ひいては人間は、守るに値するのか?」という問いであるように思う。
 重い。
 重すぎる。
 焼肉をたらふく食べたあとで、500グラムのステーキを出されるようなものである。
 しかし、そんな重たいテーマを、極上のエンターテインメントに仕上げる手法は見事である。
 多分にご都合主義だったり、過剰に装飾的な演出だったり、無駄に深そうでそうでもない台詞が飛び交ったりするのだが、そんなものは「バットマン」だから良いのである。そういうものなのである。

 しかし、ゲイリー・オールドマン、前回観た「裏切りのサーカス」とは、演技が全然違うじゃないの。すごいじゃないの。

 次いで「アメイジングスパイダーマン
 こちらはキャストもストーリーもすべてを変えての新シリーズ第一弾である。
 バットマンの余韻を引きずっていたせいか、この作品を見始めて、私は少しとまどった。
 なんか軽いのである。
「好きになっちゃったから付き合おうぜ」みたいなチャラ男の告白のように軽い。いやそれは言い過ぎか。そんなには軽くないか。うんうん、そんなには軽くない。(チャラ男という人種が嫌いすぎて変な擁護になってしまった)
 前作の主人公ピーターが、割と野暮ったくてオタク系な男子だったのに対して、今作のピーターはかなりイケメンである。憧れのグウェンとはすぐ仲良くなるし、いじめっ子のフラッシュからも急に一目置かれる男になるし、スパイダーマンになってからもうじうじ悩まないし。
 つまり、リア充(リアルが充実している人間)なのである。
 そして私は、チャラ男の次にリア充が苦手なのである。
 何だよこの野郎、充実した青春を送りやがってうらやましいなチクショウ、とひがみ根性丸出しになってしまうのである。
 だいたいこいつ、スパイダーマンのマスク被っているときに、他人としゃべるんだぜ。それっていいのか?
「先生、スパイダーマンのときに声を出したらいけないと思います!」ってホームルームで発表するぞ。それぐらいしかこっちには訴える手段がないんだぞ。誰に何を訴えているのか分からないんだぞ。
 ということで、こちらはもう、手放しに楽しめる王道のヒーロー物であった。
 敵であるカート博士のリザードマンの造形がちょっと笑ってしまう感じだったり、研究施設や小道具が妙にしょぼかったり、泣かさなければならないところで大コケしていたりするのだが、そんなものは「スパイダーマン」だから良いのである。そういうものなのである。

 ただ、エンドロールに日本版のテーマソングを当てるのはやめて欲しい。配給会社との契約やら何やら、それなりの事情はあるのだろうが、映画の余韻に浸っているときに、急に日本語の歌が聞こえてきたらびっくりするし、興ざめする。
 あと、3Dメガネ。
 私はメガネ愛用者なので、3D用のメガネをかけると、メガネ・オン・メガネになる。
 想像してみるに、かなり間抜けな状態である。
 うまくフィットしないから何度も調整しなければならないし、重くて耳が痛くなる。
 何とかならんものであろうか。