新刊「咎忍」発売!
この度、四作目となる拙著「咎忍」が、ここにようやく発売と相成り候。
めでたい。
長き道のりであった。
お手にとっていただければお分かりになるであろうが、今回の作品には、『あとがき』がない。
制作段階での編集との打ち合わせで、
「えっと、あとがきはどうしようかね?」
「あとがきですか。どうしてもとおっしゃるのなら載せますが、書き下ろしの四六判には、ない場合が多いですよ」
「そう言われてみれば、そうか……。おお、ほんまや。思い返すと、四六判にあとがきって珍しいのか」
「ですね」
「じゃあ、なしでいこか。だらだら言い訳じみたことを載せるより、さらっと終わった方がカッチョいいかもしれんし」
「はい。カッチョいいかもですね」
「んではあとがきはなしで」
「了解しました」
という、深謀遠慮な考察と緻密な戦略に基づいてそうなったのだが、何か物足りない気もする――やっぱりだらだら言い訳じみたことも書きたい――ので、この場を借りて、『あとがき』めいたことを書かせていただくのである。
今作は、四作目にして初めてのことだらけであった。
まず、自分で企画を提案せず、編集からの依頼で作品を書くというのが、そもそも初めてのことである。
そして、時代物――それも忍者物を書くのも初めてであった。
正直、戸惑った。
何から手を付ければよいのか、さっぱり分からなかった。
書くにあたって最初に決めたのが、外来語を使わない、ということだったことからも、私のスタート地点の低さは推して知るべしであろう。
忍者の話にカタカナ語が出てきたら興ざめだろう、という安直な考えからそう判断したのだが、これが、思わぬ苦労を強いられることになろうとは、このとき私は知りもしなかった。
編集が言うには、私の「売り」は、キャラクター造形と、バトルシーンの描写、であるらしい。
私としては、もうちょっとこう、博覧強記の知識に裏打ちされたウンチクと、そこから導かれる大胆な仮説とが織りなす幻想的な世界観、みたいなものを売りにしたいのだが、改めて思い返してみると、そんなものは私の作品からは一切見出せなかった。まったくなかった。爪の先ほどもなかった。
ううっ、無念である。
なので、キャラとバトルを全面に押し出そうという編集の判断は間違っておらず、そのために忍者物を選んだのも、けだし慧眼であっただろう。
しかし、キャラクターは作れば作ったなりに勝手に動くし、バトルシーンだって、彼らの闘いぶりをただ横から眺めて描写するだけなので、そこが「売り」と言われても私にはピンとこないのである。
自慢ではない。
もっと別のところを褒めて欲しい、と思うのだが、そこは誰も褒めてくれないという愚痴である。
とまれ、時代を設定し、キャラを決め、話の大枠を作って書き始めたのだが、そこからがまたひと苦労だった。
時代背景や、話の構図や、忍者の使う技などが、先行する作品と似通っている、と言われては書き直しを繰り返し、計四本の違う話を書いた。もう頭の中はぐちゃぐちゃである。何がどうで誰が何なのか、いつ誰がどこで何をしているのか、さっぱりわからなくなり、事態は混迷を極めた。
そこへ持ってきて、事態をさらに悪化させたのが、先にも挙げた「外来語を使わない」という縛りである。
自分で勝手に決めたことだから、いつ撤回してもよさそうなものであるが、何故か私は、それを頑なに拒んでいた。
たとえば、「タイミング」という言葉。
バトルシーンでは必須に思えるこの言葉を、しかし使わないと決め、日本語に置き換えようとするとどうなるのか? 「呼吸」、「間合い」、「拍子」、近しい言葉は見つかるが、何かしっくりこない感じがする。辞書には「ちょうどよいとき、ぴったりの瞬間、時機」とあるが、そういうことじゃないんだよ。「ぴったりの瞬間」なんて、語呂が悪くて使えないんだよ、となる。
こんな単純な言葉ですら、適当な語句が見つからないのである。
日常的に使っているなじみ深いカタカナ語ほど、日本語に置き換えるのが難しく、その度に筆が止まる。
普段から決して速いわけではない私の筆が止まると、事態は混迷どころか、完全に停滞する。
便秘地獄である。
ここは「タイミング」と一応書いておいて、適当な語句が思いつくまで一旦棚上げにして、話を先に進めよう、などと器用なことが、私にはできない。
いつまでもうんうんと悩み、辞書などを漁り回って、ようやくそれらしい語句を選ぶ、しかしそれが文章の流れの中では妙に浮いていたりして、やっぱり違うかと、またそこで悩むのである。
混乱するストーリーと、単語が出てこないという糞詰まり状態。
その二重の責め苦に、私はぼろぼろになった。
そんな中、覚えているのは、三本目を書いた際、編集長から直々に言われた言葉である。
「大御所の作家さんが書いた作品なら、(三本目の)これで充分だと思います。しかし、あなたはまだ新人だ。もっと攻めるべきでしょう。これで満足しちゃいけない。どうですか? もっと上を目指しませんか?」
あんたは鬼か、と言いたくなるのを懸命にこらえ、「分かりました。もう一度書き直します」と私は答えた。
で、ほうほうの態で書き上げたのが、今作である。
今までで一番面白い作品です、と担当編集も言ってくれたが、正直、私にはどこがどう面白くなったのか、前の三作と何がどう違うのか、すでによく分からなくなっている。
しかし、ひとつだけ分かっていることがある。
今回の作品は、編集長と担当編集者のふたりがいなければ、決して完成しなかったであろうということである。
まだまだ半人前のこの男を何とか育ててやろう、という彼らの気迫、執念、諦めの悪さ、がなければ、「咎忍」は生まれなかった。
感謝である。
しかし、小説が本当の意味で完成するのは、読者のみなさまに読んでもらったときである。
この作品が、何らかの形で、みなさまの心に僅かばかりでも残ってくれたら、これに勝る喜びはない。
拙作をお読みになり、感想を伝えてやろうと思われた方は、以下のアドレスへ送っていただきたい。
何分へこみやすい性格なので、お手柔らかに。
yasumaruasada@gmail.com
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