べっちょない日々

作家の末席を汚しつつ、しぶとく居座る浅田靖丸のブログ

第二回うどんツアー&本広作品聖地巡礼の旅 その二


 丸亀市内のホテルにチェックインした我々は、改めて夕食のために市街へ出た。
 K氏によると、丸亀には「一鶴」という骨付きもも肉の焼き鳥を出す超有名な店があるらしく、話のネタに、そこに行こうと言う。
 ただ、ホテルからその店まで、歩いて15分以上かかるらしい。
「どうしても歩くのか?」絶望して問う私に、
「どうしても歩くのだ」とK氏は固い意志を見せた。
 その決意に負けて、丸亀の市街をとぼとぼ歩き始めたのだが、やはり暑い。
 暑すぎて、我々以外に歩いているひとを見かけないほどである。
 歩き始めてすぐ、イタリアンレストランの前で客引きをしているあんちゃんに呼び止められる。
「もうここでええやん」という私の意見に耳も貸さず、K氏はずんずん進んでいく。
 そうしてようやく到着した「一鶴」には、すでにずらりと長蛇の列ができていた。
 それを見た途端、私の心は折れた。
 諦めきれずに店内を覗きに向かったりするK氏に、「違う店に行こう」と提案する。
 私のうんざりした顔が効いたのか、K氏もそれに同意し、我々は踵を返した。
 来た道をそのまま戻るのは癪に障るので、民家の並ぶ路地に足を向ける。
 そしてぐねぐねと曲がりながら広い道に出ると、「一鶴」からほとんど離れていなかった。余計なことはするもんじゃないのである。がっかりしながら無理やり歩を進める。と、ホテル近くまで戻ったとき、往路で出会ったイタリアンレストランの客引きのあんちゃんと再び出会う。
「もうここにする! 誰がなんと言おうとここにするからな!」私の宣言に、K夫妻も納得してくれたのか、すんなりと決定。
 納得というか、疲れ切っていただけなんだろうが。
 そうして立ち寄った店だったが、それが予想外に「当たり」だった。
 南アフリカの珍しいワインに、おいしい料理。驚いたことに、客引きをしていたあんちゃんがシェフだった。久々にうどん以外のおいしいものを食べ、大いに満足した。
 それから、濃い酒が飲みたい、と、あんちゃんに教えてもらったバーへと向かうことにする。しかしその途中、あと一本信号を渡れば店はすぐそこというところで、その手前の角にジャズバーがあるのを発見、半地下になっているその店の入り口を見てみると、その夜はライブが開かれるという。
「ここにする! ここがいい!」私はまたしてもワガママを発動させ、強引にふたりを引きずってそのジャズバーに入った。
 するとその店が、またしても「当たり」だった。
 生演奏していたバンドのレベルもかなり高く、お酒もちゃんとしており、バーテンダーの接客の距離感もちょうどいい。
 私の直感もまんざらではないのである。
 これからは私のことを「外さない男」と呼んでもらいたい。
 そこでかなり飲み、その日はそれでホテルへ帰って就寝。
 酔っぱらっていたので写真を撮るのをすっかり忘れていた。
 なので、このバーも、その前のイタリアンレストランも、名前がさっぱり分からない。
 残念である。

 とまれ、翌日の18日。
 8時半ごろにホテルを出発した我々は、朝早くから開いているという「上杉食品」なるうどん屋へ向かった。
 国道11号線を、南へひた走る。
 ちなみにこの国道11号線、徳島から愛媛の松山までを貫く重要な道路で、四国の上半分を移動するときは、どこに行く場合も、とりあえずこの道に乗る。
 であるから、今回も大いに11号線を活用したのだが、もともと土地勘がない上に、東へ西へと無闇にうろうろするものだから、自分がいったいどっちへ向かって走っているのか、よく分からなくなる。
 それに、どこをどう走っていても11号線にぶつかるため、「ひょっとして、いつの間にか俺はなにかに呪われて、11号線に永遠に囚われてしまっているのではないか?」というような、妙な疑念が湧いてくる。このときも、「うわ、また11号線が出てきた! なんでやねん! 俺はいったいどこをどっち向いて走ってんねん! 怖っ! 11号線怖っ! なんとしてもこの11号線の呪縛から逃れてやる!」と、ひとりきいきいと息巻いていた。うどんも食べ過ぎるとちょっとおかしくなるのだろうか? それとも私がもともとおかしいのか?
 そんなこんなで「上杉食品」に到着。かけうどんを注文。コシが強く、麺の太い、香川ならではのうどんである。ただ、朝からこれはちょっと重い。そう感じてしまうのは、香川県民ではない人間の限界なんだろうか。そう言えば、私たちと入れ違いに、まだ小さなお子さんもいる家族連れが、上杉食品から満足そうに帰って行くのを見た。まさしく親から子への文化の継承である。はっ、この重さは、文化の重さか? 文化の重さが、私の胃にのしかかっているのだろうか?(いやきっと、のしかかっているのはうどんである)


上杉食品 一見ただの雑貨屋である

 そんな感慨に浸りつつ、我々は上杉食品をあとにし、次に観音寺へと向かった。
 銭形――つまり、寛永通宝の砂絵を見るためである。
 海のそばの砂地に、百メートルを超える巨大な砂絵が作られていて、それを近くの山から眺められるのである。
 テレビドラマの「銭形平次」にも使われたことがあるので、ご存知の方も多いだろう。
 ここは、特にうどんにも映画のロケ地にも関係ない。
「へえ、銭形って香川県にあるんや、それはいつか行ってみたい気もするなあ」と私がずいぶん前に呟いたことを、K氏が律儀にも覚えていて、案内してくれたのである。ちなみに、そう口にした私は、それをすっかり忘れていた。いい気なものである。
 琴弾山の山頂まで車で上り、組まれた岩の上に乗っかって銭形を眺める。
 江戸時代、幕府のなにがし氏がこの地を視察に来るという際に、村の人々が歓迎の意を込めてひと晩で作り上げたものらしい。
「要するに、媚びを売りたかったんやな」とはK氏の言である。ひどい。同じことを思ったが口には出さなかった私とは大違いに、ひどい人間である。


光の加減か、分かりづらいが、銭形

 それから、同じ山頂にあった八幡宮へお参り。
 すっきりとした、それでいてどっしりとした風格のある神社である。
 麓からひたすら登ってくる長い参道もあるようである。
 なっ、古くからある神社は、余計なはったりをかまさなくてもこんな風にかっこいいんだぜ、と屋島神社に言ってやりたくなるような佇まいである。


琴弾八幡宮

 ただこの琴弾山の山頂、海風がまともに吹き上がってきて、むちゃくちゃ暑い。
 結局ここでも長居はできず、早々に立ち去る。

 それから、大学の同窓会があるというK氏を琴平温泉街まで送り、K夫人と帰路につく。
 その途次、姫路に寄って昼飯。
 カレー。
 うどん以外のものならなんでもうまい、という状態。
 どうせ姫路に寄ったのだからと映画を観ることにする。
 急遽映画部の開催である。
 時間的に、観る映画は否応なく決定。
ヘルター・スケルター
 うん。
 まあね。
 映像は美しいんじゃない?
 映画部として別に記事を挙げようかとも思ったが……それほどでもない。(失礼)

 ということで、夕方に無事帰宅。
 暑い暑い、第二回うどんツアーであった。

 総評
 K氏のうどん好きに付き合わされて、以前からよく近隣のうどん屋に連れて行かれたり、お土産で麺をもらったりしてきたため、うどんにいくつかの種類があることは、なんとなく分かっていた。しかし、ではどういったうどんが好きなのかと問われても、正直今までよく分からなかった。
 それが今回の旅で、ようやく分かった。
 讃岐うどんとして括られるうどんには、大きくふたつの系統があるように見受けられる。
 ひとつは、コシが強く、麺の太い、どっしりと力強いうどん。
 そしてもうひとつは、麺の表面がつやつやと光っていて、コシというよりもちもちしているうどんである。
 前者の方が、讃岐うどんとしてイメージされることが多いであろう。しかしどちらが好きかとなると、それはもう、完全に好みの問題である。
 そして私は、後者のうどんが気に入った。
 今回のうどんツアーが真夏のくそ暑い日だったということも関係しているのかも知れないが、比較的麺が細く、舌触りもつるつるしていて、するりと喉を通っていく優しいうどんが、私はとても好きになったのである。
 しかし、前者のうどんには「コシ」という、その特徴をひと言で言い表す言葉があるのに対して、後者のうどんには、ひと言で言い表す適当な言葉がない。
「コシが弱い」というのでは少し違う。「コシ」が基準になると確かに弱いのだが、後者のうどんの長所は、「コシ」ではないのである。
 なにか、後者のうどんをビシッと言い表せる言葉はないだろうか。
 そう考えて、思いついた。
 それは「ちゅるもち感」である。
 ちゅるっとしてもちっとしているうどんを端的に言い表す、とても素晴らしい言葉である。
 讃岐うどんの二大系統は、「コシの強いうどん」と「ちゅるもち感のあるうどん」に決定したい。
 多分に偏見に基づく独断であるが、「コシ」だけではなく、この「ちゅるもち感」も、同じく讃岐うどんの特徴であることが全国に広がれば、日本のうどん文化はさらに深化するに違いないと考える。
 ということで、第三回を開催することがあれば、今度は「ちゅるもち感」のあるうどんを探す旅にしたい。
 K氏によろしく頼むものである。(自分で調べる気はないのか)