バスマジック
ここ数日、思うように筆が進まない。
うんうんうなりながらようやくワンシーン仕上げても、何か違う、と感じて消してしまう。
そんなことばかりを繰り返している。
何故だろう、考えて気が付いた。
これは、潜在意識からの警告なのである。
「このまま書き進めても、この物語は破綻しますよ」という警告なのだ。
潜在意識には破綻するのが目に見えており、被害を最小限に食い止めるために一旦手を止めようと促しているのだが、表層意識がそれに気付かず、躍起になって書き進めようとしている状態なのである。
今までも、何度か経験したことがある。
物語が破綻しているのを教えてくれるのはまことにありがたいことなのだが、どうせならプロットを作っている段階で教えてください潜在意識さま、と思わないでもない。
おかげで、物語の構成から登場人物の相関図、ストーリー進行など、すべてを見直す羽目になってしまった。
そして発見した。
いくつかのクリティカルな問題を。
ぬああああ……。
どうしよう?
知らん振りして書き進めるか? いや、それができないから立ち止まっているのだ。
では書き直すか?
書き直すのか……。
まあ……それしかないのだが……。
しかし、書き直すにしても、どう書き直すのか、それが問題である。
どう直せば良いのだろうか? 小手先でちょこちょこと書き換えるだけでは、破綻は解消しそうにない。
もっと根本的なところから考え直して、ひとつひとつ深く検証しつつ、組み立てていかなければならない。
そうでないと、また同じ轍を踏むことになろう。
ということで、スタートに戻って色々組み立て直してみた。
ものすごいしんどい。
アクセルを踏んでも踏んでも走らない、オンボロの車に乗っている気分である。
何も閃かず、何も思いつかず、何も考えられない。
マインドマップを作っても、年表を作って時系列に考えてみても、問題点が出てくるばかりである。
ちっとも進まない。
春の陽気が眠気を誘う。
いっそ寝てしまうか?
寝てしまうぞこの野郎。
誰に怒っているのか分からないような状態になる。
で、諦めて風呂に入る。
諦めて、と言いつつ、風呂の中でもずるずる引きずって考えてしまう。
湯船に浸かりながら、あるいは頭を洗いながら、つらつらと考える。
するとそこで、突然閃きが訪れた。
今まで取るに足りないと思っていた、わざわざ書かなくてもいいとまで思っていたささいなできごとをうまく使えば、局面ががらりと変わり、破綻を回避できるのだった。
「ユリイカ!」思わず私は叫んだ。
といっても、ちょうどシャワーでシャンプーを洗い流していたところだったので、
「ぼべびば!」となってしまったのだが。
私は体を拭くのももどかしく風呂から飛び出し、プロットを書き直した。
今しがた気付いた新しい着眼点を導入すると、物語が面白いように噛み合っていく。
まるで、駒をひとつ置いただけで、黒から白へと劇的にひっくり返っていくオセロのような、爽快感さえ漂う見事な逆転劇。
お風呂様々である。
まさに、バスマジックである。
浴室用の洗剤みたいな語感になってしまったが、気にしないのである。
興奮してプロットを組み直し、改めてじっくり考えてみる。
すると、一番重大な問題点が解決していなかった。
バスマジックは、バスの中でしか通用しないものだった。
ぬあああ……。