大阪夏の陣
八月二十一日。
私は大阪の梅田にいた。
編集と打ち合わせをするためである。
編集には数日前、書き上げたばかりの原稿を送っていた。
それをもとに、あれこれと話をするのが目的だった。
「グランフロントの南館で待ち合わせましょう」と担当編集者と約束を交わしていた。
グランフロント?
どこだそれは?
まあ、行けば分かるか。
安直な気持ちで大坂駅へと向かう。
新しくなってからの大阪駅には何度かきていたが、北側に足を運ぶのは初めてである。
さっぱり分からない。
暴力的なまでの暑さのため、地上を歩くのを諦め、地下へと避難する。
すると、みな同じ考えなのか、地下はひとでごった返していた。
芋洗い状態である。
その中、私はグランフロントの表示を確認しつつ、ひたすら歩いた。
グランフロントというからには、駅のすぐ前にあるのだろうと踏んでいたのだが、いくら歩いても辿り着かない。
どうやら、かなり遠回りをしてしまっているらしい。
へとへとになってようやく到着すると、担当編集と編集長のふたりがすでに待っていた。
頭を下げて遅刻を謝りつつ挨拶をする。
編集のふたりも大阪の暑さにはさぞかし参っているのだろうと思っていたのだが、案外平気そうである。
これだから東京モンは……と呆れる。
編集と合流した私は、昼飯でも食べながら、という彼らの言葉に乗り、グランフロント内のレストランへと赴く。
作家になってよかったことと言えば、時折こうして、編集のおごりで飯が食べられることぐらいである。
本当にそれだけである。
あとはつらいことばかりだ。
もう、本当に、つらいぞ。
とまれ、食事をしながら打ち合わせ。
が、なかなか自作の話にならない。
最近見た映画の話、特に「風立ちぬ」の一連の騒動のことや、先日行った徳島の話や、そんな話にばかり華が咲く。
まあ、それもいつものことなのだが。
そして三時前に編集と別れた私は、時間つぶしに映画でも観ることにする。
編集長が勧めてくれた「パシフィック・リム」を選ぶ。
この編集長は過去に「プロメテウス」を絶賛したという前科を持っているため、内心その批評眼を疑っていたのだが、ちょうどよい時間での上映が、「パシフィック・リム」しかなかったのだ。
ということで、ここで唐突に、映画部の報告に移る。
「パシフィック・リム」
監督 ギレルモ・デル・トロ 出演 チャーリー・ハナム イドリス・エルバ 菊地凛子 など
あらすじ
2013年、太平洋の深海から、突然巨大な怪獣が出現し、サンフランシスコが襲われる。
倒してもすぐ現れる怪獣に対抗すべく、人類は超政府組織を起ち上げ、怪獣と同サイズのロボットを建造する。
「イェーガー」と名付けられたそのロボットは、搭乗するパイロットを二名必要とし、その二名が、脳の信号を完全に同調させることで初めて動かすことができるというものだった。
そのイェーガーを以てしても戦績は芳しくなく、超政府組織の上層部は、イェーガーの建造計画を中止し、海岸線に怪獣を上陸させないための防護壁を作るという計画にシフトする。
そのような状況の中、イェーガーのパイロットであるラリー(チャーリー・ハナム)は、怪獣との闘いで大敗を期し、パートナーだった兄を失う。
失意のどん底で、壁建設の作業員として働き始めたラリーだったが、そこへ、イェーガーを使った最後の作戦を行うため、パイロットとして参戦して欲しいとの依頼が舞い込む。
悩んだ末、ラリーは再びイェーガーのパイロットに返り咲くことを決意する。
基地に入ったラリーは、そこでマコ(菊池凜子)という女性と出会う。
イェーガーのパイロットとしてマコとコンビを組みたいと要望するラリーだったが、何故か上官から猛反対される。
そんな折、イェーガーを使った最後の作戦の詳細が明らかになる。
太平洋の海底のある地点に、異次元と繋がるトンネルが開いてしまっており、怪獣はそのトンネルを通って送り込まれているのだという。
そのトンネルを爆破し、閉じてしまおうというのがその作戦の骨子だった。
その作戦を遂行しようとした矢先、新たな怪獣が二体、現れる。
すぐに二体のイェーガーが撃退に向かうが、明らかに進化している怪獣の前に、一体は返り討ちに遭い、もう一体もボロボロに壊される。
そこでラリーは、マコとともにイェーガーに乗り込み、仲間を助けに向かうことを決意する。
果たして彼らは怪獣を倒し、作戦を完遂することができるのか。
感想
これは、もう、ど真ん中の怪獣映画である。
どの辺りがど真ん中なのかというと、敵である怪獣を、英語を話す主人公たちが、そのまんま「カイジュー」と呼ぶのである。
ちょっと笑ってしまう。
怪獣映画と言えば、「ゴジラ」をはじめとして、かつての日本のお家芸という印象があるが、この「パシフィック・リム」という作品は、それら日本の怪獣映画に捧げられたオマージュであろう。
怪獣を「カイジュー」と呼んだりということはまだしも、その怪獣やロボットの造形に、日本の怪獣映画への深い愛が感じられる。
菊池凜子が準主役扱いで出演していたり、その幼少時代の役として芦田愛菜が出てたりするのも、オマージュの一環だろうか。
私は日本の怪獣映画に詳しいわけではまったくないが、この作品はかなり楽しめた。
話の太い筋が一本ずしんと通っていて、あとは怪獣とロボットが延々戦い続けるだけというその作り方が、とても潔い。
暑い夏の、溶けかかっている頭に、そのがむしゃらな勢いが心地よい刺激であった。
かつて「プロメテウス」を絶賛した編集長の薦めで観た作品だったが、信じてよかった。
ありがとうございます。
ただ、「パシフィック・リム」というタイトルが気にかかる。
「パシフィック・リム」とは、直訳すると、「太平洋沿岸地域」という意味である。
確かに物語の舞台は太平洋沿岸地域ではあるのだが、もうちょっとこう、何かさあ、と思う。
ということで、以上、映画部の活動報告である。
映画を見終わった私は、その足でホテルへチェックインへ向かった。
せっかく大阪に出てきたのだからと、大阪に住む友人と連絡を取り、夜飲む約束をしていたのだ。
しかし歩いても歩いても、大坂駅から出られない。
どうやらくるとき以上に遠回りをしてしまったらしい。
ようやく大坂駅を抜け出し、阪急へ足を踏み入れたときの、あの安心感たら半端無かった。
おお、阪急、懐かしの我がふるさとよと、一曲歌でも歌いたくなったほどだった。
そしてホテルのチェックインを済ませ、改めて大阪の町へ出た。
友人が指定してきたのは、北新地にある店だった。
北新地。おいおい大丈夫か俺の財布、と少々ビビったのは否定しないが、店はかなり庶民的で、財布にも優しかった。
一軒目で大いに飲み食いしたあと、友人の行きつけだというスナックへ向かう。
新地の奥の雑居ビルの何階かにある何とかというその店は、五十がらみのママがひとりで切り盛りしているという、また安心感半端ない店だった。
どれだけ安心感が半端ないかと言えば、連れて行ってくれた友人が、着席して一時間もしないうちに爆睡してしまったほどだった。
友よ、疲れているところ付き合ってくれてありがとう。
友人が爆睡しているのをよそに、私は、元CAだというそのママと、大いに語り合った。
ママはかなり博識で、好奇心も旺盛で、話していて退屈しないかただった。
また足を運んでみたい。
しかし、新地の奥の雑居ビルの何階かにある何とかという店、という情報だけでは、まったく辿り着ける気がしない。
ちゃんと覚えておけばよかった。
その友人に店名を訊けばいいだろ、とも思うが、何か恥ずかしい。やだ、照れちゃう。
そうして翌日、私は大阪から帰ってきた。
暑かった。
夏の大阪には、正直あまり行きたくない。
あ、編集との打ち合わせは、撃沈した。
原稿全面書き直しである。
それもこれも、夏の大阪のせいであろう。
今回のことを、「大阪夏の陣」と命名してやる。