べっちょない日々

作家の末席を汚しつつ、しぶとく居座る浅田靖丸のブログ

うどんツアー&本広作品聖地巡礼の旅 その一


 あけましておめでとうございます。ずいぶん遅い新年の挨拶になり申し訳ない。

 昨年末、それも、晦日と大晦日という年の瀬も迫りに迫った時期に、映画部の部員K夫妻とともに、香川県に行ってきた。
 奥さんのご実家が徳島県で、そこへ帰省されるついでに香川県に寄ろうという話に、私も同伴させてもらったのである。
 ふたりは香川県善通寺の大学で知り合ったということで、その辺りは彼らの青春の地なのだが、偶然にもその善通寺という場所は、私の大好きな映画監督、本広克行氏が、自身の作品の舞台として多く使っておられるところでもあり、いつか行ってみたいと思っていた場所だったのである。
 そんなわけで今回は、本場の讃岐うどんを食べ渡りつつ、本広作品のロケ地を見て回る旅にしようということになったのだった。
 昨年の年末のことを、新年を十日も過ぎてから記事にするというのはどうかとも思うが、それはひとえにずぼらな私の責任である。決して彼らのせいではない。だから彼らを責めないであげてっ! 彼らのせいではないんです! …………。……――彼らって誰だよというツッコミ待ち――……。ていうか、そんなに大したボケでもないのに、こうやってじっとツッコミを待つひとがたまにいる。で、こっちが放っておくとすぐいじける。しかしそういうひとに限って、こっちがボケてもツッコんでくれなかったりする。ボケてツッコまれなかったときは、それが相手の精一杯の誠意ある対応であり心遣いである、という考え方を常識化させた方がよいと思う今日このごろである。

 閑話休題

 ということで、晦日の朝、私の運転で香川県に向けて出発した。
 途中、ひどい渋滞に巻き込まれ、何とか香川に着いたときには、到着予定時間を大幅に超えていた。
 腹を減らしに減らしていた我々は、最初に「宮川製麺所」という店に立ち寄った。
 全国から客の集まる、有名な店とのこと。
 それまで本格的な讃岐うどんを食べたことがなかった私にとって、この店のうどんは衝撃的だった。
 これでもか、というほどコシがあり、太い。何というか、みっちりと中身が詰まっている、という感じである。
 讃岐うどん初体験に相応しい、インパクトのあるうどんであった。

 とりあえず腹ごしらえを済ませたところで、次に、町の名前にもなっている善通寺という寺に向かう。
 善通寺は本広作品の中でも数多く使われている場所であり、何をおいてもまず訪れたいところだった。
 一応、ご本尊の薬師如来に手を合わせ、本堂の中もぐるりと巡ってみるが、頭の中は映画のことで一杯である。不謹慎である。バチが当たるかも知れないのである。

善通寺参道 ここもよく映画に使われる

善通寺

 そこから、近所のかたパンの店「熊岡菓子店」で、自販機がない、と嘆き、「大正湯」という銭湯に立ち寄って、営業してない、と嘆きつつ、中通り商店街(通称UFO通り)を抜けて二件目の「はすい亭」といううどん屋へ。
 けっこういろいろなところへチェーン展開している店らしい。
 かけうどんにちくわ天を合わせる。うまい。が、それほどコシは強くない。チェーン店ゆえに、あまり特色を出せないのだろうか。おとなしい印象のうどんであった。

大正湯 入ってみたかった

 その後、仲多度郡にある満濃池へ向かう。日本最大のため池で、弘法大師空海が拓いたという伝説がある。(実際には空海は改修工事をしただけ)。この池は、「サマータイムマシン・ブルース」という作品の中で、カッパさまが出現する場所に使われているのだが、その映像以上にどでーんと大きな池であり、真冬の寒さも相まって、荒涼とした感じの漂う場所であった。その割にカップルがちらほらいた。こんな場所にデートにくれば、思わず別れ話をしてしまって、「池に飛び込んでやるわ!」みたいな修羅場に発展するのではないかと思うが、まあ、余計なお世話であろう。世の中のカップルは爆発してしまえばいい。

満濃池 カッパより龍が出てきそう

 それから三軒目のうどん屋、「めんくい 琴平店」へ。さすがにここでK夫人がダウン。男ふたりで向かう。
 ぶっかけうどんを注文。これは私の責任なのだが、レモン汁をかけすぎてしまい、味がちょっと変わってしまった。悔しい。さらに私の前では、うどんをあと一本というところで残し、K氏がノックアウト。かなり悔しそうだった。ちなみに、我々の隣には家族連れがいたのだが、その中の、五、六歳に見える女の子がざるうどんを冷やで食べ、さらにそのお姉ちゃんと思しき子は、うどんを頼まずおでんだけを食べていた。渋い。渋すぎる。なんか常連みたいでかっこいい。完敗である。我々は何か悔しいばかりの気持ちになりながら、項垂れて店を出た。

 それから善通寺へと戻った我々は、「サマータイムマシン・ブルース」でメインの舞台となった、四国学院大学へと向かった。その大学はK夫妻の出身校でもある。ここで彼らは出会い、恋に落ち、同棲を始めるのである。リア充である。爆発すればいい。
 最初は、周囲を一巡して外から眺めるだけにしようと思っていたのだが、大学のひと区画が立派な駐車場になっていたため、一旦その駐車場に車を止める。すると、そこから普通に構内に入れることが分かる。で、入ってみる。晦日の大学には、さすがに人影もまったくない。映画の中で使われていた風景を目の当たりにして感動しまくる私を尻目に、K夫妻は学生の頃を思い出して感慨に浸っていた。
 構内に満ちる、切ないような甘ったるいような青春の青臭い空気に、何故かじぃんと感じ入ってしまう、静謐にして濃密な晦日の黄昏であった。

劇中で部室棟として使われた建物 本当は教員の宿舎らしい


 その後、我々はホテルのチェックインを済ませ、夕食をしようと中通り本郷通りをうろつく。そのとき、とうに閉店したと聞き、探すのを半分諦めていたある薬局を発見。「サマータイムマシン・ブルース」で、ギンギンというペンギンの置物があった店である。まあ、現在はギンギンどころか店の看板すらないのだが、何とそこは、日中に訪れた、大正湯のすぐ近くだった。なぜそのとき見つけられなかったのか。反省である。反省文を原稿用紙二枚に書きなさい。親のハンコも忘れないように。
 そして適当な店で夕食を取り(うどんの食べ過ぎでほとんど何の料理も注文できず、従って書くべきことも何もない)、K夫妻が学生時代に足繁く通っていたスナック「れもん」へと向かう……が店はまだ開いておらず、仕方なく町をぶらついて時間を潰すことに。とりあえず、商店街の端にあるJR善通寺駅へ足を向ける。駅は全面的に改築され、昔の面影はまったくないらしい。そこから再び「れもん」へ引き返す。その道中、「曲がれ!スプーン」という作品に出てきた、皇子の森という場所に辿り着く。その森を囲う、煉瓦で作られたレトロな雰囲気の壁の前を、長澤まさみが歩いていたのだ。思わず道路に頬ずりしたくなったが、そこをぐっとこらえる。そんなことをしても長澤まさみに一mmも近づけないことは、さすがの私だって分かっているのである。

皇子の森の外壁 ここを歩く長澤まさみが劇的にかわいい

 そして改めて「れもん」へ。今度は無事入店。
 店内は白熱灯の灯りでオレンジ色に染まり、壁や天井はポスターや写真や寄せ書きなどで埋め尽くされている。
 これぞまさしく学生街のスナックという店である。
 ママさんも、すごくパワフルでハートフル。
 ママさんに会った途端、K夫妻が学生に戻る。目が輝き、饒舌になり、屈託のない笑顔が咲く。青春パワー炸裂である。思い出エネルギーだだ漏れである。ちょっとうらやましい。私にもこういう「青春の店」があるにはあるが、そのほとんどはすでに閉業してしまっている。それに比べると、この「れもん」という店が今なお元気に営業されていることは、ここで青春を過ごしたひとびとにとって、とても幸せなことだとしみじみ思う。
 K夫妻とママさんが、昔話で大いに盛り上がる。
 ママさんの私への心遣いもきめ細かく、全然退屈しない。むしろ楽しい。夫妻の恥ずかしい思い出話を聞き、おちょくったり感動したりしながら飲んでいると、いつの間にか私も常連客のように馴染んでしまっていた。思わず悩みごとを相談してしまったほどであった。
 これ以上ない楽しい夜を過ごしたあと、ホテルへ帰り就寝。
 旅は怒濤の二日目を迎えることになる。
 続く。